あるトップセールスマンの孤独


その男は38歳にして営業部長に昇進したトップセールスマンでした。
社長は、彼を溺愛していました。
数年後には、自分の跡を継いで社長になれと公言したほどです。
彼の部下は、約40名いました。その中に、いつもノルマが達成できない若い社員がいました。
社長は、その若い社員のことが嫌いでなりません。

ある日、朝礼で「数字を達成しない奴はクビだ!」と営業部の全員に向かって9月のノルマを掲げました。
それは、ほとんどの社員がクリアーできる数字でしたが、その若い社員にとってはかなり厳しいものでした。
明らかに1人をおとしめようとした数字でした。

営業部長は、社長に詰め寄りました。
彼の言うことだったらなんでも聞き入れる社長でも、今回だけは一切、聞く耳を持ちませんでした。

10月1日。彼は、社長室に足を運びました。
そして「1人だけ9月の数字を達成できなかった者がいます。いかがいたしましょうか」と社長に報告しました。
すると社長は「残念だが公約だからクビだな」と吐き捨てました。
「分かりました」と彼は白い封筒を社長の前に差し出しました。
「ん、なんだ?」と怪訝そうに社長が言うと「辞表です」と彼。

数字を達成できなかった1人とは彼だったのです。
数字を達成させるために1人の部下に付きっ切りだったのです。
困った顔の社長は「ちょっと待ってくれよ」と言いましたが、彼は「長い間、お世話になりました」と一礼をすると、社長室から去りました。
そして、二度と戻りませんでした。

今、営業部長だった彼とその部下であった若い男性は、一緒に会社を興し元気にやっているそうです。
いくら自分が愛されたところで、可愛い部下が足蹴にされれば空しいです。
それを社長に分かっていただきたいとの思いで、彼は、年収2千万円を捨てたのです。
その後、何度も社長から電話がありましたが、頑として聞き入れませんでした。
今までお世話になった社長を思ってこその行いだったのです。

自分だけ愛されればいいと思っている上司などいません。
あるトップセールスマンの孤独は、きっとどこにでもあります。